2015年7月6日月曜日

修養と言う言葉

写真上中国湖南、張家界。下道教総本山、武当山、共に大自然の壮大な景観な中で歴史が動いた。修養と言う言葉、死語に成ってはならない心を養う古人の体験から出た知恵、本来の教育に失ってしまった、英字の国の顔色ばかりの教育では精神は育たない、新渡戸稲造、修養、百年前武士道で精神文化で世界に知らしめた、世紀を越えて実践人生論、今だに勇気を与えてくれる。その中に「いかに誹謗を受けても自ら楽しみ、いかに逆境に陥っても、そのうちに幸福を感じ、感謝の念わ持って世を渡ろうとする」思考の置き方で幸福の度合いが異なる、この世の中で徳を積む事はあの世での全て徳が現金となります、この世の中で欲が深く、他人を落としてものしあがる事は足の引っ張りあい、あの世では再度修行させられますよ、畜生界で、善を積む、その為の武道でありたいが、学習塾やこの様な道場が、商用優先成ってはならない!青少年を育てる!草食男子をしっかり育てないと?長い間積み重ねて来た尊い文化が無くなってしまいます。

0 件のコメント:

コメントを投稿