2018年7月4日水曜日

ご無沙汰申し訳なく思います

家内の納骨祭式も終わり、横浜市旭区、横浜あさひ霊園の景観豊かな場所に納まった。

空手道の関東地区本部の皆さんには闘病の間、物心両面、並々ならぬお世話に成りました。

厚く感謝とお礼を申し上げます。
ありがとうございました。

昨年10/12人生の終演を迎え、葬儀、お別れ会、49日法要、納骨祭式、創立40周年記念大会、追悼大会と先月何とか形が着きました。この間愛弟子のお力添えは人語に尽きるものがありました。

草葉の陰で家内も感謝申し上げてます。

この地に横浜に来て今年50年、何もかも様変わりした。50年の時間の流れ、一筋に越えて来た歳月の流れ、多くの縁ある人に救われ助けられ、今がある。愛弟子達は恩返しと言ってくれる、
老兵まだまだやらなければならない事が多くある、
家族に足を引っ張られながら、与えられた使命を受け入れて努力は果たす、

精神にブレはない、つまらない欲もない、生徒には、「心も技術も目に見えない何処に意識しな」と言ってる。指導者は、常に夢や希望を与え続けられる事である。他から探した座右の銘では説得力がない、言葉の飾りはいらない、指導者の姿が精神なのかな、と老兵は思う

若い指導者達よ。強さを間違えるな、
突き蹴りが早くても、組手が強くても、型が美しくても、生活に生きてなければ意味ありますか、
地味な正しい繰り返しの中で、きずいて欲しい。それをどう活かすのか、どう展開するのか、

人間はデリケートな生き物だ、言葉一つで傷ついてしまう。
テレビの画面はサッカーか野球、はメジャーです。武道に目を向ける事が弱くなって来ている。
私は個人競技推進派だ、全て一人で責任取る事を、私は望んだ。
一人で演じる事が深い所で人間力と勝手に思ってる。

無しの精神
空手に先手無し
空手に構え無し
空手に極意無し
どういう事ですか、直訳してはなりません。禅問答です。
今日はこのくらいで、

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